道真公と裸坊祭と私

12.01

こんにちは。10月から株式会社カン喜の仲間に加えていただいた、中本(た)です。

すでに先輩社員に中本という方がいるので「(た)」です。よろしくお願い致します。

 

私が住む山口県防府市(会社・工場がある周南市の西隣)には、通称「裸坊祭・はだかぼうまつり」という勇壮な荒祭が、千年以上の昔から伝承されています。※今年で1015回目

カンタンに説明すると、防府天満宮に祀られている菅原道真公の御霊を御旅所までお連れして、神事を執り行って、慰め、また防府天満宮まで戻るというお祭りです。その祭りで御霊を乗せた神輿や御網代輿(おあじろこし)と呼ばれる牛車を運ぶのが「裸坊」と呼ばれる白装束の奉仕人なのです。

その祭りの起源や由緒については、祭りを執り行う防府天満宮のホームページ( http://www.hofutenmangu.or.jp/kongetunogiyouji/gojinkousai1013.html )に譲るとして、祭りに裸坊として、先日11月23日(土)に参加した私の一日の行動を紹介します。

最近では、毎年11月の第4土曜日の18時(本来は新月の日の夜中)に防府天満宮を出発する神輿や御網代輿を運ぶために、地元自治会や企業、各団体などが、それぞれの団体ごとの神輿を担いで市内を練り歩き、夕方までに山の中腹にある防府天満宮に集合するのです。

 

私たちの団体は気合が入っており、朝の10時半に集合して、御神酒をいただいて心身を清めるのです。ビールや焼酎でも心身を清め続けます。1時間もすれば、完全にアルコール消毒された酔っ払い・・・いや、清められた立派な裸坊のできあがりです。

多くの人は、上下とも白い衣服に身を包み、さらしを巻きますが、私の場合、上半身は裸です。そして、「裸坊奉仕」と書かれたハチマキを頭や体に巻いて、11時半に神輿が出発します。

 

神輿を担ぎながら、さらに途中で御接待の酒やカラダを温める汁などをいただきながら、町内を回ります。ご希望のあるご家庭やお店、会社などの前で祝詞(のりと)を唱え、神輿を回します。大きな交差点でもクルマを止めて回します(下の写真:辻回しの様子)。幼稚園や小学校にも行き、子供たちにも神様の加護があるように祈りつつ、神輿を担ぎます。

天満宮がある山の中腹に登る16時半まで7時間程度を酔っ払・・・いや、清められたカラダで歩き回るので、クタクタなはずですが、最後の大階段(約60段)を神輿を担いだり、そばに付いて、駆け上がります。もはや、正気の沙汰ではありません。

境内に到着して、担いで来た神輿を奉納すれば、参集殿で天満宮の梅マーク(潔斎印)をカラダに押してもらいます。

写真左下の上半身裸に左肩からたすき掛けで写っているのが私です。

そして、天満宮からの神輿(先頭神輿と一番神輿)、御網代輿が出発する18時まで境内にて待機します。17時半になると本殿境内の楼門がすべて閉じられ、本殿内では輿に道真公の御霊をお乗せする儀式が行われます。境内は裸坊たちでギッチギチとなっています。

 

祭りの統制のために指示を出す「腕章」と呼ばれる色の付いた腕章を巻いた世話役の人間の声も通りません。その腕章には、種類があります。赤い腕章は渡御全体の進行を仕切る人、紫の腕章は御網代輿、黄色は先頭神輿、青は一番神輿の世話人です。この腕章の言うことは絶対ですが、そこに楯突く人も出て来ます。そうすると場内は一気にヒートアップ。怒号が飛び交い、竹竿の先につけた提灯同士が激しくぶつかり合います。ホントは怒号や提灯だけではなく、ここにはとても書けないような惨事が発生することもしばしばです。

 

そうこうしているうちに花火の号砲が鳴り響き、本殿には裸坊が一気になだれ込み、我先に神輿や御網代輿に触れようとします。日本中の様々な祭りにあるのと同様に、ご神体や御霊の乗った物に触ると縁起がいいとか、無病息災だとか、子宝に恵まれる(愛知県の田縣神社)など様々ありますが、裸坊祭もご他聞にもれず、そういうことになっております。しかも、道真公は学問の神様であり、全国の受験生やら羨望の的なのです。でも、それらを触りに行こうとすると、腕章たちが触れさせまいと防衛警備してくれます。触れると無病息災なのですが、腕章たちの手が当たったり、足が飛んできたりして、ケガをする人も現れます。ひどい話です。ひどい話だとはわかっちゃいるんですが、わかっちゃいるけどやめられない止まらない、飛び込んで行かずにはおられないのが、お祭り好きの悪いところなのであります。かく言う私もハチマキですべての輿を拭く(コンプリートさせる)べく、突っ込んで行ったのでありました。「○△ァ~ッ、○×ェ~、うちの第二王女(高3)が受験生なんじゃぁ~!○△◇しよったら、××××どぉ~、○◇~ッ」と、かなりな巻き舌調のネイティブで流暢な英会話のようなやりとりが繰り広げられます。

なかなか三体を一気には拭けないので、動き出した神輿を追いかけて行って、一応、コンプリートさせたのですが、そりゃぁもぉ大変でした。シラフではとてもできない芸当です。

なんだか、ひと悶着ありましたが、約500kgある2基の神輿と800kgの御網代輿が大石段を下って行くのが、この祭り一番の見せ場なのです。神輿はすんなりと降りて行くのですが、御網代輿は人が20人くらい纏わり付いて、ガッタンゴットンと降りて行きます。その重さは自動車ぐらいにはなっているでしょう。過去には足を踏まれて複雑骨折したという知り合いもいたとか、いなかったとか。。。いたんですけどね。

御網代腰を乗せる台車の車輪は、人の背丈をゆうに超えます。

祭全体の様子は、You tube「防府天満宮 裸坊祭 動画」で検索・・・などを参照してください。

 

なんとも人任せな記事で申し訳ありませんが、階段を下りたところで、御網代輿は直径2.5mほどの車輪がついた台車に乗せられ、行列や神輿のあとを御旅所(神事をする場所)まで約1.5km移動します。

私は石段を下りたところで、知り合いの青腕章(一番神輿の世話人)に遭遇したので、一番神輿を担いで、付いて行きました。御旅所に着いたら、裸坊たちは焚火にあたったり、トン汁をいただいたり、はたまた酒を飲んだりして、暖を取って、神事が終わるのを待ちます。

 

約30分間の神事が終わり、また天満宮まで戻るべく、神輿を担ぎ、行列に帯同します。しかし、ホントに最後まで山を上がるまで付き合う人は減って、酔っ払い・・・いや、裸坊たちが夜の街へ三三五五、飲みに消えてしまうのです。それにもめげることなく、残りの裸坊たちで協力して、神輿を担いで、石段を駆け登り、御網代輿を引き上げるのです。そして、三体の輿すべてを本殿に収めると、「帰って来たどォ~!ドォ~ン!」と花火が打ち上がるのでした。

 

翌日の日曜日には、天神おんな神輿が催され、第一王女(21才・写真ほぼ中央)が参加していたので、筋肉痛でバッキバキになったカラダにムチ打って、妻と一緒に、王女が担ぐ二番神輿に二人で付いて歩き、またして石段を上がったのでした。

祭りに参加して、いつも思うことは、この年になって、こんなハード(飲んで、歩いて、担いで、走って、あんなことや、こんなこと)な一日を過ごせるカラダに生んでもらえたことへの感謝と良き仲間たちに恵まれているということです。これからも健康と元気のバロメーターとして、祭りへの参加と献血はできるだけ続けて行きたいと思います。

 

・・・ということで、気が変わらなければ、次回は「献血について」書いちゃうぜぇ。

 

総務経理部 中本(た)

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